糖質制限からみた生命の科学 光文社2013年11月電子書籍版刊
著者は、秋田県生まれで東北大学医学部卒の外科医です。練馬光が丘病院「傷の治療センター」長として新しい創傷治療法の「湿潤療法」を開発、インターネットで発信し、著書「傷は絶対消毒するな」(光文社新書)で話題となりました。ほかにも多数の著書があります。
本書では、中年でも確実にスリムに変身できる、画期的な「糖質制限法」を紹介しています。専門外のテーマですが、著者自身の人体実験の成功で、確信を持って勧めていました。
2012年、単身赴任中だった著者が、思いついて主食を減らしてみたところ、70キロ近くあった体重が、半年でなんと11キロも痩せるという一大事件が起こりました。さらにそれまでの高血圧も高脂血症も、自然に治っていたのは驚きでした。この間、脂肪とタンパク質は好きなだけ食べていたのです。これまでの「医学の常識」は怪しいのではないか。
教科書にある3大栄養素「炭水化物、タンパク質、脂肪」では、炭水化物(糖質)が最も重視されていました。しかし著者の実験では糖質を摂らなくても平気で、かえっていいことづくめだったのです。これは生物学的にも証明でることでした。人間は炭水化物がなくとも、アミノ酸を材料にブドウ糖を合成する「糖新生」というシステムの備えがあって、タンパク質さえあれば自分で糖を作り出せるのです。炭水化物は決して必須栄養素ではありません。
それではなぜ炭水化物を主にしたのでしょうか。おそらくカロリーにとらわれたせいでしょう。しかし、体温程度では脂肪も炭水化物も「燃焼」してはいません。細胞内の代謝は別現象なのです。多くの動物は食物のカロリー以上のエネルギーを食物から摂っています。
ウシの食事の成分は大半がセルローズですが、それを消化も吸収もできません。摂取カロリーはゼロなのです。3つの胃に棲む共生微生物が分解して栄養をつくり、第4の胃で宿主のウシが吸収する仕組みで、実に効率が良い。ヤギやヒツジ、巨大なカバも同じです。
一方、肉食動物は食物がそのまま栄養になるので、消化管はシンプルで常在菌も少ない。身体は軽く俊敏で、獲物を捕らえる狩りには有利です。ヒトの場合も、どうやら本来は肉食だったらしい。消化管がそのようにできているからです。ただ雑食に適応して大腸には100兆個、約1,5kgの腸内細菌が棲んでいて、ビタミン類や短鎖脂肪酸を作り、自身は糞便の半分以上の量を占めて排出されます。代謝効率が良く、カロリーバランスは合いません。
少食の例では、比叡山延暦寺の千日回峰行がありますが、現代でも、「1日に青汁1杯」の著者の森美智代さんによると、絶食して腸内にセルローズ分解菌を育成すると、青汁のみの暮らしができるそうです。食生活によって腸内環境を変えた好例でした。近い将来に心配される、地下水枯渇による穀物生産の減少に対応する、有力な方策となることでしょう。
人類は、狩猟採集時代には栄養バランスが取れていました。しかし農耕時代に入ると炭水化物主体となり、人口が爆発して高度な文明を作り出しましたが、人間本来の栄養成分でない糖質の摂取に偏り、不健康に悩むことになりました。穀物が主役になり、食べるために人間は働き続けるしかないのです。狩猟採集生活では、週に2日働くだけだったという研究もあります。日本の縄文人の暮らしも見直したくなってきました。いかがでしょうか。「了」